1965年(昭和40年)・・・。
この年は、名神高速道路が全面開通し日本、国内のモータリゼーションにもスピードと言う言葉ががキーワードになりつつありました。
DATSUN FAIRLADYも、それまでのエレガント路線から、よりスピードを強調するスタイルへと変化を始めていました。
DATSUN FAIRLADY SP310型は、ラジエターグリルやホイールキャップに繊細なディテールを持っていたのに対して、1965年(昭和40年)に登場したDATSUN FAIRLADY SP311型は、より精悍な加速、最高速の速さを強調した作りに変更され登場しました。
ラジエターグリルは横3本線の意匠となり、ホイールキャップは汎用の物を採用しています。
これは、それまでの13インチロードホイールから14インチロードホイールに大径化された事によるものです。
エンジンは同じOHVヘッドを持ちながら、よりオーバースクエアのボア×ストローク比を持つヤマハ発動機製 R型を搭載する。
87.2mmのボア径に対し、ストロークは66.8mmと、そのショートストローク振りが伺える。
また、ツインキャブとデュアルエキゾーストを与えられ、90PSと13.5kg-mを発揮している。
キャブレターのスロットルボアはDATSUN FAIRLADY SP310型用と共通としながら、排気量のアップ、何よりショートストローク化により最高出力を6,000rpmで生み出すと言うスポーツユニットととして磨きがかかったのは言うまでもない事です。
レシオの変更されたトランスミッションは、ノンシンクロだった1速にもシンクロを追加しフルシンクロ化している。
これによりシフトの確実さはもとより、クイックなシフトにも対応した他、フロントブレーキを2リーディングドラムから、放熱性と雨天時の制動性に優れたディスクブレーキに変更。
そんな時代と同調する様に、DATSUN FAIRLADY SP310型にもマイナーチェンジが6月に施されました。
DATSUN FAIRLADY SP310型に搭載されているG型エンジンに、ツインキャブレターとデュアルエキゾーストを加え、吸排気効率を上げる事でドライバーがアクセルペダルに触れた瞬間をより正確に捕らえるべくレスポンスの強化が計られました。
また、圧縮比も8.0:1から9.0:1に上げる事で、レスポンスの鋭さをより強調する仕様に変更されました。
全く同じ排気量ながら、最高出力は80PS/5,600rpm、最大トルクは12.0kg-m/4,000rpmへとアップ・・・。
それぞれ9PSと0.5kg-mの上昇に過ぎないが、その発生回転がそれぞれ600rpm、800rpm上方に移動され、そのドライブフィールは初期型DATSUN FAIRLADY SP310型ドライバーに悔しい思いをさせたに違いない。
エンジンルームの眺めも一変・・・。
ツインキャブの装着に伴い、カムカバーはクロームフィニッシュから冷却フィンを刻まれた形状の物に変更されました。
また、同じファイナルドライブのギヤレシオを持ちながら、パワーアップした事でトランスミッションのドライブギヤをややハイギアードなレシオを1〜3速に与え、豪快かつ息の長い加速を楽しめる事にもなりました。
価格は30,000円アップの880,000円とされました。
この年には更に、11月にDATSUN FAIRLADY SP310型 ハードトップモデルが発売されています。
そんな研究開発と全く同時進行だったモータースポーツへのチャレンジが、DATSUN FAIRLADY SP310型がデビューと時期を同じくして新聞紙面を賑わせていた。
それは、DATSUN FAIRLADY SP310型のベースともなったDATSUN BLUIBIRD 310型による、第5回インターナショナルトータルラリーの制覇のニュースもその内の一つになったのは間違いの無い事実であろう。
117台が参加し、完走わずか20台・・・。
そんな過酷なラリー出場してに優勝し、国産自動車メーカーが製造した自動車として初めてモンテカルロラリーへの出場権を獲得しました。
記念すべきその優勝は、1962年(昭和37年)9月にマイナーチェンジされたDATSUN BLUEBIRD 312型 1200DX(679,000円)の優勝であり、我が家の愛車の活躍に多くの人が胸を躍らせたに違いな事でしょう。
55PSのDATSUN BLUEBIRDの活躍ぶりと、デビューしたDATSUN FAIRLADY SP310型の最高出力71PS、最高速度150km/hと言うスペック、そして850,000円という販売価格・・・。
これらによって、どれだけ夢と現実の距離感が縮まったことかは、想像するだけで胸が熱くなる様な思いになるだろう。
何よりも、モータースポーツが自動車の優秀性や耐久性など、性能を大きくアピールすると同時に、人車一体のドラマ、という普遍的な魅力に満ちあふれていることが大いに浸透し始めた時期でもありました。
1962年(昭和37年)10月4日に登場したDATSUN FAIRLADY SP310型は、まさにそんな時期に登場し、そのスポーツー性をよりダイレクトにアピールする事で、このスポーツカーと言うカテゴリーの確立に大いに貢献したといっても過言ではない存在となりました。
第8回 全日本自動車ショー(1961年)
1961年(昭和36年)、第8回 全日本自動車ショーに完成したばかりの時期 DATSUN FAIRLADYのプロトタイプが出品された。
DATSUN FAIRLADYは、当時 スポーツカーのトップブランドとして市場を席巻していたTRIUMPH、AUSTIN等、強豪達をライバル視する事は当然の事でした。
ウエストラインから上をすっぱり切り取った様なボディーデザイン。
そのセンターからやや後ろに立つスクリーン。
典型的なロードスターデザインのボディーは、トップをたたんだ時の姿こそ、本来の姿物である。
そんな挑戦的で新鮮なデザインは、多くの人々の絶賛を浴びる事になります。
そして、翌1962年(昭和37年)にDATSUN FAIRLADY SP310型としてデビューする事になりました。
1962年(昭和37年)、この年の出来事の中で一番印象的だったのは、設計段階から純国産とした旅客機 YS-11型が、ホノルル経由でサンフランシスコへとフライトを成功させた事でした。
その後、このYS-11型はジェット機の登場まで短い期間ながら、国内便の花形として日本の空を彩る事にります。
そんなスピード時代への流れは、スポーツカーにも明るい兆しを見せてくれていた。
国産自動車メーカーが製造する自動車の技術進歩が著しい当時、4人または5人の乗客が同時にその恩恵にあずかれるセダンが、どれほどの価値を持って迎えられたかは容易に想像出来るだろう。
しかし、スポーツカーと言うカテゴリーが、まだ特異な存在だったDATSUN SPORTS S211型の時代とは大きく変わりつつありました。
先代のDATSUN SPORTS S211型の頃には、スポーツカーのスポーツ性、自動車のスポーツ性がまだ十分に認知されていなかった、と言う風に考える事も出来るでしょう。
しかし、そんな時代は長くは続かなかったのです。
多くの自動車メーカーがそうであるように、日産自動車も海外のラリーに挑戦してはその耐久性、信頼性、性能を証明して見せた。
そして、これからの技術を確立する為に・・・。
DATSUN FAIRLADY SP310型 | DATSUN FAIRLADY SP311型 | |
---|---|---|
全長(mm) | 3910 | 3910 |
全幅(mm) | 1495 | 1495 |
全高(mm) | 1275 | 1315 |
ホイールベース(mm) | 2280 | 2280 |
トレッド(mm) | Fr. 1213 Rr. 1198 |
Fr. 1270 Rr. 1198 |
最低地上高(mm) | 160 | 180 |
車両重量(kg) | 870 | 905 |
定員 | 3名 | 2名 |
車両総重量(kg) | 1035 | 1070 |
最高速度(km/h) | 150 | 165 |
SSI/4マイル加速(秒) | 17.6 | |
最小回転半径(m) | 4.9 | 4.9 |
エンジン型式・種類 | G型 水冷直列4気筒頭上弁式 |
R型 水冷直列4気筒頭上弁式 |
排気量(cc) | 1488 | 1595 |
内径X行程(mm) | 80X74 | 87.2X66.8 |
圧縮比 | 8.0 | 9.0 |
最高出力(ps/rpm) | 71/5000 | 90/6000 |
最大トルク(kg・m/rpm) | 11.5/3200 | 13.5/4000 |
変速装置 | 前進4速 後退1速 |
前進4速 後退1速 フルシンクロメッシュ式 |
変速比 | 第1速 3.945 第2速 2.402 第3速 1.490 第4速 1.000 後退 5.159 |
第1速 3.382 第2速 2.013 第3速 1.312 第4速 1.000 後退 3.364 |
終減速比 | 3.889 | 4.111(オプションで3.889も用意) |
クラッチ型式 | 乾式単板 | 乾式単板 |
ブレーキ型式 | 足ブレーキ 油圧式ドラム 手ブレーキ |
足ブレーキ Fr. 油圧ディスク Rr. 油圧ドラム 手ブレーキ |
ステアリング歯車比 | 14.8 | 14.8 |
フロント・サスペンション | ウィッシュボーン及びコイル独立懸架 | ウィッシュボーン及びコイル独立懸架 |
リヤ・サスペンション | リーフスプリング リジットアクスル | リーフスプリング リジットアクスル |
タイヤ | 5.60-13 4プライ | 5.60-14 4プライ |
ガソリンタンク容量(l) | 43 |
ヤマハ発動機製 R型エンジン
DATSUN FAIRLADY SP310型がデビューした翌年・・・。
1963年(昭和38年)もスポーツカーには記念すべき年となった。
5月3日に開催された第1回 日本グランプリレースで、スポーツカーBクラスでDATSUN FAIRLADYは優勝を飾り、そのイメージを国内でも大いにアピールした。
また、この年には本田技研工業もHONDA SPORTS500(S500)を販売開始し、まさしくスポーツカーの時代が動き出した、そんな年でもありました。
当時のパンフレット
DATSUN FAIRLADY SP310型
その後に続くDATSUN FAIRLADYの高性能化を受けとめるべく、シャシーのポテンシャルを大いに向上させている。
DATSUN FAIRLADY SP310型、SP311型 諸元表
余白
当時のカタログより
DATSUN FAIRLADY SP311型
SP310型 エンジンルーム
DATSUN FAIRLADY SP310型